学部長あいさつ

工学が先導する総合知

 

工学部長 井原 敏博 工学は国のGDPに直結し、産業を育て、国民の豊かな生活を根底から支える基幹学問です。言い換えると、社会の基盤技術、未来を拓くイノベーションの源泉であります。我が工学部は明治30年に旧制第五高等学校工学部として創設され、2027年には創立130周年を迎えます。この歴史と実績をもつ本学部からは既に4万人を超える有意な人材が輩出しており、彼らは産官学の中核として国内外の様々な分野で活躍しています。

 複雑化する現代社会においては、単純なアプローチでは解決が困難な様々な問題があります。例えば、格差と貧困、環境問題、食料と水、感染症、テクノロジーとプライバシー、社会的孤立と健康被害…など枚挙に暇がありません。これらの複合的課題を理解するための概念、または解決に向けての有効なアプローチとして、いま総合知(integrated knowledgeまたはcomprehensive knowledge)があらためて注目されています。これまでも、政策の立案・実行に関しては言うまでもありませんが、先端医療や遺伝子組み換えには心理学、哲学、法学等の人文系の専門家と協働して仕組みやルールが整えられてきました。つまり、以前から必要に応じて文理の壁を超えて総合的な解決策を講じていたのですが、総合知として再認識、あるいは再定義をすることで人々に新たな気付きを誘起する可能性があると言う意味では、多層的な多くの社会問題を抱える時代の要求のように思います。工学は、そもそも科学と実生活を結びつける技術体系とも言えますから、それ自体で既に総合知の性格をもつものであり、総合知とは非常に高い親和性があるいうことができます。すなわち、工学は、まさに医学、薬学、理学、社会学、心理学、教育学、法学、文学、倫理学、哲学など人類がそれぞれ鍛えてきた知のエレメントを橋渡しする総合知のハブになり得る学問であります。総合大学の工学部で学ぶことのメリットはたいへん大きなものであることをわかっていただけると思います。

 防災・減災、水環境、パルスパワー、マグネシウム合金、無機ナノシート、半導体、バイオメディカルエンジニアリングなど、熊本大学工学部では数多くのユニークで先端的な研究が行われています。他にも、カーボンニュートラル、ロボット、ビッグデータ、自然言語処理、各種センシング、太陽光利用など国内外で高い評価を得ている様々な分野の一流教授陣が揃っています。本工学部の使命は、技術の進歩と社会のニーズに応え、持続可能な未来を築くために、今後も教育・研究の両面において卓越した成果をあげ続けることであります。高度成長後のグローバル化した現代社会においては、学生は専門知識の修得に加え、問題解決能力や創造性を養うことが要求されます。私たちは、上記の最先端の研究環境を背景に、現実の複雑な課題に対処できる人材を育成し、学際的思考、あるいはデザイン思考のような総合的アプローチで社会に貢献できるよう、教育プログラムの充実に努めます。キャリア形成に関しては学部課程、博士前期課程(修士課程)、博士後期課程(博士課程)を問わず、卒業・修了生の就職機会は非常に豊富です。本学部を巣立った4万人超の優れた先輩方の実績や信用を礎にして、企業における研究開発、公務員、アカデミアなど希望する職種に就くことができます。さらに今後は起業家の育成環境を整え、スタートアップを積極的に支援してまいります。

 いま熊本には多くの半導体関連企業が集積し、世界最大級の一大拠点を形成しつつあります。ご存知のとおり、半導体は “産業の米” とも言われ、戦略物資としての位置づけも高まっています。今年度から本学部には、半導体デバイス工学課程が新設されました。「課程」とは「学科」と並列の教育組織ですが、情報、電子、機械、材料、化学…など、各学科の専門教育を担当する教員による分野横断的な教育を行うことを可能にします。総合力の結晶とも言える半導体の製造・開発に従事する研究者・技術者を育てるために整えられた必然的な教育形態と言えます。国家戦略の後押しを受け、熊本大学工学部は教育・研究環境をさらに充実させることができます。この100年に一度の千載一遇のタイミングに素晴らしい環境で皆さんと共に学び、成長できることを心より楽しみにしております。