工学部長より令和2年度新入生に向けてのご挨拶

新入生のみなさん。 熊本大学工学部長の連川(つれかわ)貞弘です。

熊本大学工学部へのご入学おめでとうございます。工学部教職員および在校生を代表して,心から皆さんを工学部の新しいメンバーとして歓迎いたします。

 

本来なら4月4日の入部式において新入生の皆さんに直接お会いし,お祝いを申し上げたいところですが,ご承知の通り,新型コロナウイルス感染症の全世界的な拡大により,入学式・入部式を中止せざるをえなくなりました。新入生の皆さんや保護者の方々も入学式を心待ちにしておられたと拝察致します。本学工学部でも社会からお預かりしている学生の皆さんを感染症から守るために様々な対策を講じているところです。入学後しばらくは学業や生活の面で多くの不便をかけることもあろうかと思いますが,一人ひとりが大切な人や家族に思いを馳せ,感染拡大の防止に努め,早期の収束に向けた行動をお願いしたいと思います。 

さて、本学工学部は明治30年に旧制第五高等学校工学部として設立され、それ以来,120年を越える歴史と伝統を有しています。五高の精神を受け継ぐ「剛毅木訥」の気風の中で育った卒業生は、これまでに3万8千名を超え、社会のリーダーとして国内外のさまざまな分野で活躍し,日本・世界の発展に尽力しておられます。

皆さんは,今,新しいスタートラインに着きました。これまでの小学校から高等学校までの12年間に培ってきた基礎教科を礎に,大学では,より専門的な知識,技術の「基礎」を身に付けていくことになります。皆さんがこれから学んでいく工学は,高度な現代社会を支えている全ての産業の基盤となるものです。今,私たちは,これまでに経験したことのない大きな社会変革の流れにあり,予測不可能な時代の中で人間中心の持続可能な未来社会の創造が求められています。最近ベストセラーとなった吉野源三郎著の「君たちはどう生きるか」の中にこのような記述があります。「自分が何のためにそれを学ぶのか,自分が学んでいることにはどんな意味があるのかについてまだ何もわからないと思います。」この答えは,自らが「学ぶ」ことによってしか得られません。大学教育の基本は「自学自習」です。大学は「自学自習するきっかけ」を提供するだけです。先人が残してきた大きな知的財産を皆さんはいくらでも学ぶことができる。無限の可能性を持っているのです。そして,さらに新しい文化を創造し,後世にバトンタッチすることが最高学府で学ぶ皆さんの責務であると思います。

さらに,大学では,専門知識・技術を修めるとともに,広い教養も身に付けていただきたいと思います。専門のことについてはよく知っているけれど,他分野の方とコミュニケーションをとることがなかなかできない人がいます。仲間内では,専門用語を用いればコミュニケーションをとることはさほど難しいことではありません。しかしながら,他分野の人々に自分の専門分野を理解してもらえるよう説明することは,容易なことではありません。社会はさまざまな専門分野の集合体として成り立っており,さまざまな分野があって初めて専門分野の価値が高まります。これからは,専門分野に閉じこもることなく,俯瞰的な視点,グローバルな視点をもった研究者や技術者が求められます。そのためには,専門以外の人とも上手くコミュニケーションを図っていく能力が必要です。また,外国の人とよいコミュニケーションをとるためには,自分の生まれ育った国の歴史・文化をよく知り,相手の歴史・文化も正しく理解しなければなりません。そのようなコミュニケーション能力や普遍的な視点を涵養するものがリベラルアーツであり,尊敬に値する品格を有した研究者・エンジニアとなるためには,教養を身につけることは不可欠であると思います。

ところで,先の未曾有の東日本大震災や熊本地震においては尊い多くの人命や財産が奪われました。さらに,福島原子力発電所の事故は,私たちが享受してきた科学技術への信頼を揺るがせ,さらには,私たち研究者,技術者へ向けられる目も厳しいものとなりました。自然科学に携わる者として,あらためて自然への畏敬の念を強くするとともに,被災地において,悲しみ,恐怖などと戦いながら,それぞれの職責を果たそうとする人々の姿に胸を打たれ,逆に私たちが勇気を頂きました。皆さんは,皆さん自身の努力の結果はもちろんですが,ご両親,先生など周囲の多くの方々のおかげで,ここ熊本大学への入学の日を迎えることができました。しかしながら,志半ばで被災し,命を落とした多くの若者達がいることを忘れてはなりません。また,幸いにも命は取り留めても,全ての財産を失い,学業を続けることが困難になった人もいます。このような人々に心を寄せながら,新しい日本・世界を創っていこうとする高い志と気概が必要です。

 

「夫レ教育ハ建国ノ基礎ニシテ子弟ノ和熟ハ育英ノ大本タリ」

これは本学の前身である第五高等学校の教授であった夏目漱石が創立記念日に教員総代として述べた祝辞の一説です。

 

すなわち,『国の基礎は教育にあり,教育は「師弟の和熟」が根底になければならない』と説いています。来るべき日に備え,新しい日本・世界を作るために貢献できるだけの力を蓄えて準備しておくこと,これが,今,皆さんが行なうべき最も重要なことではないでしょうか。幸い,工学部には,情熱を持ち,最先端の研究に携わっている多くの個性的な先生達がいます。皆さんと私たち教職員がともに学び,共に切磋琢磨することによってのみ教育の目的が達成されると信じています。

最後になりますが,皆さんは熊本大学工学部の学生となりました。わが国を代表する歴史と伝統を有する熊本大学において学べることを誇りとして,高い志を持ち,さまざまなことに大いにチャレンジされることを期待し,工学部長のお祝いの言葉といたします。

 

令和2年4月8日 

熊本大学工学部長 教授 連川貞弘

※PDFで表示する場合はこちらから→「新入生に向けての挨拶