産業ナノマテリアル研究所浪平 隆男 准教授

 2021年6月、熊本大学より、「パルスパワーを用いた新しいアニサキス殺虫方法を開発-アニサキス食中毒リスクのない刺身-(https://www.kumamoto-u.ac.jp/whatsnew/sizen/20210622)」をプレスリリースさせていただきました。その後、本内容はテレビやラジオ、新聞、雑誌、Webメディアなど各種の媒体にて紹介されましたので、ひょっとしたら、目にしていただけた方もいらっしゃるかもしれません。このように、皆様のお目にかかり、少しでも話のネタになるような開発をおこなえましたのも、これまでに脈々と築き上げられてきました熊本大学の研究環境、並びに、これまでに浪平へ授けていただきました多くの知見やひらめきの賜物であり、卒業生の皆様へ、改めまして感謝の意を表します。僭越ではございますが、本紙面を頂戴いたしまして、アニサキス殺虫装置及びその今後の展望について、紹介させていただきます。

 昨今、複数の芸能人がアニサキス症に罹患したという報道やスーパーマーケットの鮮魚コーナーにてアニサキスに関する注意書きを見る機会が増えていることから、アニサキス症が身近な食中毒となってきていることを実感されておられる方も多いと思います。実際に、ここ5年間では、アニサキス症が食中毒事件数の第一位となっております。アニサキス症は、ヒトが生の魚(刺身)に潜んでいる生きたアニサキスを取り込むことで発症する寄生虫症であり、激しい腹痛や吐き気、嘔吐といった症状が現れ、現状、その特効薬はないため、手術によってアニサキスを摘出する、若しくは、痛み止めを服用しつつアニサキスが死滅するまで我慢する、といった治療がなされております。

 このような状況のため、欧米では、刺身を食べる際には、魚を一度冷凍し、アニサキスを死滅させるといった規制が既に設けられております。しかしながら、冷凍・解凍した刺身は、食感が悪くなったり、うまみ成分が流失(ドリップ)したりといった負の側面も持ち合わせており、日本では「やはり、刺身は生に限る。」といった意見も多く、生の刺身を食した方がアニサキス症に罹患しておられます。このような状況を打開すべく、2017年11月、生のアジ刺しを主力製品とする株式会社ジャパンシーフーズ(井上陽一代表取締役社長)とアニサキス症の根絶を目指した研究開発を協同で開始いたしました。

 それから3年半、魚を冷凍することなく、生のままでアニサキスを死滅させるアニサキス殺虫装置(写真)が完成いたしました。これにより、皆様には、アニサキス症の罹患リスクなしに、生のおいしい刺身を安心して食べていただくことができるようになります。殺虫原理は、至ってシンプルであり、パルスパワーと呼ばれる瞬間的な大電力(自然界においては雷が相当し、パルスパワーは人工雷とも言えます。また、熊本大学は日本におけるパルスパワー工学の先導拠点と広く認識されております。)を刺身へ繰り返し印加することで、そこへ潜んだアニサキスを感電死させることができます。なお、食品と電気といいますと、多くの方が電子レンジで食品を温めることを連想されますが、パルスパワーはごく短い時間の電気エネルギーのため、食品に発生する熱は非常に小さく、また、繰り返しパルスの隙間時間に食品が冷却されるので、刺身をほとんど熱することなくアニサキスを死滅させることができます。現在、まだ、少量ではございますが、ジャパンシーフーズよりパルス殺虫済アジフィーレがサンプル出荷されており、手に取っていただきましたお客様からは「生の刺身を安心しておいしく食べることができるようになった。」とありがたいお言葉をいただいております。これを受けまして、研究開発者としては、本技術・装置の早期社会実装化を実現すべく、ますます身の引き締まる思いで過ごしております。

完成したアニサキス殺虫装置完成したアニサキス殺虫装置

 最後に、来る2022年4月、パルス電流による殺虫技術の早期社会実装を目指したコンソーシアム「パルス電流殺虫技術研究会」を発足すべく、現在、鋭意準備を進めております。本会は、パルス電流殺虫技術の有効利用に関する調査、研究、開発並びに提言を行い、おいしくかつ安心・安全な生鮮食品(魚介類、畜肉類、青果類)の提供及び食品由来の寄生虫症の制圧を目的としておりますので、興味を持たれました方は、ぜひ、パルス電流殺虫技術研究会専用eメール(pulse-anisakis※kumamoto-u.ac.jp)若しくは浪平(namihira※cs.kumamoto-u.ac.jp)宛へご連絡をいただけますと詳細をご案内差し上げます。(メール送信の際は、※を@に置き換えてください。)